| 回想シリーズ(7) | ダダ3歳前後 |
3歳に近づくにつれ私の心の中で、どうもおかしい…と言う思いが大きくなってきました。
- どうして、どこへ行ってもおんぶばかりなのか?
- どうして、じっとして絵本や人形芝居を見ないのか?
- どうして、散歩や買い物などで外にでたらピューと走っていくのか?
- どうして、なにかを並べたりすることに固執し、それを壊されたらパニックになるのか?
- そして「おかあさん」とも「…して」とも言わないのは何故なのか?
それまで、個性的だと解釈していたすべての事柄が、どこかおかしいと感じるようになりました。明らかに同じ年の子供と違いがはっきりしてきたからです。
とても仲良しにしている半年遅く生まれたお友達が、とても活発に成長していかれるのを見ると、ダダの様子はやっぱり変だ、普通じゃないと強く意識しました。
ダダが3歳になる1ヶ月前の私のノートにはこう書いています。
- “「恢復する家族」大江健三郎を読んだ。大江光がダダとだぶって感じられる。ダダのことを考える。決してなにも解っていない子供だとは思えない。がやはり、他の子供とは違う意識の中で生きているようだ。自分の中だけにすんでいるように思われる。親としてどうすればいいのか。何かのばしてやれることはないのだろうか。
まだ3歳だが、もう3歳でもあるのだ。私自身が他の子と比べて考えすぎるのだろうか。一度専門の機関に見てもらう必要があるのだろうか。ダダは記号は好きだが、会話は好きではないようだ。記号は完結するから好きなのだろうか。幼児教育の何かお習いごとでもさせて、ダダの好きな部分を伸ばしてあげようと思うのだが…。
何か逃げているようにも思う。複雑である。”もちろん、お習いごとなどはなにもしなかったのですが、他の子供との遅れをダダの知的興味で補おうと考えるしか、光が見いだせないでいたのです。
それまでは誰かと比べさえしなければ、ダダとの生活は楽しいものだった(そりゃいろいろ大変でしたけれど…)のですが、3歳ともなるとそうも言ってられなくなってきました。
隣町にすむ義姉が心配している私を気づかい、読み聞かせの講演会があるから来ないかと誘ってくれました。講演会の後、先生との会食があり、個人的に相談に乗ってくれると言うのです。
読み聞かせの会の間中、ダダはクルクル走り回って、止められるとキーキー言っていました。
結局、会場の外でおんぶをして終わるのを待ちました。
そのこともショックでしたが、それよりも「小さい子がまねするからピョピョンさせないで」という先輩ママの言葉の方がもっとショックでした。彼女の言うことはもっともです。3歳ぐらいになると親の言葉の指示にちゃんと従えるようになるのが当たり前なのでしょう。
でも私はダダのクルクル、ピョンピョンに慣れていたせいか、親の私がそばについているのだし、危険なことがない限りダダが納得するのを待って止めさせていたため、彼女の言葉には、はっきり言ってびっくりしました。あーそうなんだ、ダダへの対応は自分が良くても、他の親子に困ることもあるんだ…私はとても混乱してきました。
私の接し方は、ダダに対しても間違っているし、他の人にとっても間違っていると映っているんだ。後の会食の場でも、先輩ママたちから「考え過ぎじゃないの…」「あなたが先先にしすぎるのでは…」「うちの子も言葉遅かったわよ…」いろいろアドバイスがありました。
優しい気持ちからの助言のはずですが、その時の私には一言一言が針のようでした。講演をされた先生は「心配なら徹底的に検査を受けてお母さんが納得されたらどうですか?もしその勇気がないのなら、子供のすべてを受け入れなさい。」と言われました。
今思えば、先生の助言は的確だったとわかります。しかしとりつくしまのない状態の私は、その言葉を素直な気持ちで聞けるほど、余裕はありませんでした。
2歳半からが多動、かんしゃく、こだわりなどが花盛りの時期でしたので、ダダを理解できないことで鬱々としていたこととと重なって、精神的にも肉体的にもとてもきつかったと感じています。
気持ちは落ち込んでくるは…、ダダは言うことをきかんは…、にっちもさっちもの日々が続きました。
とりたててなにも実行に移さないまま、3歳児検診を迎えるわけですが、いつもいつも検診ではろくな事を言われないと思い込んでいましたので、気が重かった事も事実ですが、今度こそ、ダダに異常があると告げられるようで、その日がくるのがとても恐ろしかったのです。
心の準備はまだできていませんでした。
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